研究紹介
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乙研雑記 (ITSUU BULLETIN)

種無し桃への夢

植物ホルモンは植物の成長を調節する物質で、オーキシン、ジベレリン、およびサイトカイニンがよく知られている。サイトカイニンは細胞の分裂を促進し、植物体の老化を防ぐ。天然のサイトカイニン以外に合成の化合物があり、それらも天然の化合物と同じように作用する。 サイトカイニンについては首藤が「サイトカイニンの研究」としてまとめた (薬学雑誌, 114(8), 577-588 (1994). [PDF, 許可番号:13013102])。 特に、ホルクロルフェニュロン (我々のコードネームは 4PU30、商品名:フルメット) は植物成長調節剤として承認され、農園芸の分野で用いられている。種無しぶどうの生産の場において、なかんずく、巨峰とピオーネの生産においてジベレリンと共に用いて種無しと肥大化を達成するのに必須で、これらの品種は今では種無しが普通となった。 種の存在が気になる果実にビワと桃がある。ビワの種無し化は千葉大学松井弘之博士らが成功させた (植物の成長調節, 39(1), 106-113 (2004))。このときに果実の落果防止と肥大化に我々の 4PU30 が用いられており、2, 3 年前から市場に現れている。

桃やスモモについて、主としてジベレリン処理により単為結果の誘起を中心としていくつかの「種無し」を目指したと見られる報告がある (園芸学会雑誌, 41(2), 133-143 (1972). <外部ページ> )。 単為結果は誘起できるが、落果してしまうことが多いようである。これらの実験は、落果を防ぎ、積極的に肥大化すれば種無し桃ができることを示唆するように見える。すなわち、受粉せずして結実した小さな果実を 4PU30 で処理して肥大化すれば、種無し桃ができるのではと考えた。

大変おいしい桃に「なつき」 (川中島白桃×ちよひめ) という品種がある。この桃は花粉が少なく、人工受粉が必要である。しかし、未受粉でも少しは着果がおこり、ある程度の大きさに成長する。この桃を用いて、以下のフィールド実験を行った。 文献やぶどうを参考に、処理はジベレリン (協和: 200 ppm) + 4PU30 (フルメット; 協和: 20 ppm) の混合液を噴霧することとした。1 群 20 個前後の果実の収穫を見込んだ枝を各群とも複数選んだ。

実験

 (各写真をクリックすると拡大写真および説明が表示されます)
写真 1
まず、開花前処理を 3 月 17 日 (2007年) に行なった。その後、低温が長期にわたり続いて満開日は 4 月 7 日と予想より大幅に遅れた。観察から、この場合の開花前処理は効果がなかったと判断した。
開花前に適切な数に一次摘蕾し、ネットで被い受粉を妨げた (写真 1)。5 月 1 日に上記混合液を散布。5 月 12 日には、受粉果は小指の先大に成長、無処理未受粉果の相当数は自然落果していたが、処理した未受粉果はやや小さめであるものの、しっかりしていた。 ここで、処理受粉果群に対し第 2 回目の処理を行った。その後、5 月 27 日までに通常どおりの数に摘果した。このころまでには未処理未受粉果のほとんどは落果した。


写真 2
この時点で正常受粉果 (写真 2、左) にくらべて処理未受粉果 (写真 2、中) はやや平べったく、大きさはやや小さかった (写真 2、中)。 未受粉未処理果は元気が無く、小さかった (写真 2、右)。胚は、正常果はしっかり成長していたが、未受粉処理果も未処理果および 2 回処理果ともに胚珠が茶色に小さく退縮していた。 しかし、この時点で、未受粉果の硬核も成長している事が明らかであった。すなわち、胚珠が成長しないままで果実は大きくなったが、硬核も成長していることがわかり、主たる目的である硬核 (硬い種) 無し桃はできず、種無しについての失敗が予想された。


写真 3

写真 4
7 月 12 日に収穫 (写真 3、4)。未受粉果でも、処理果は正常受粉果とほぼおなじ大きさに成長した (受粉正常果 316 グラム vs 未受粉処理果 301 グラム)。 処理果の果実の形は少しいびつであるが、糖度が高く (正常果 9.8 度 vs 処理果 12.2 度)、とくに食味が非常によく、正常果と容易に差別化することができた。

写真 5
未処理果の胚の大きさ (写真 5、左) に比べ、処理果の胚の大きさはマッチ棒の先程度の大きさのままであり (写真 5、右)、胚が無いという意味での本来の種無しは達成できたように見えた。 しかし、問題の硬核 (硬い殻) は正常果のものと同じように大きくなっていた。結局、途中で推察できたように、主目的である「(殻の無い) 種無し桃」をつくることは達成できなかった。

結論

ジベレリン + 4PU30 処理は未受粉果の着果にきわめて有効であり、果実も肥大する。しかし、硬核も十分に成長したので、「種無し」という目的は達成できなかった。未受粉果でも処理群は糖度が高く食味も非常に良好であった。 しかしながら、この実験の記録に不備があり、まったくの不完全実験でしかない。再実験すべきである。胚珠の成長がなくても果実は肥大することはわかったが、「種 (硬核) 無し」桃への 30 年来の夢は破れた。失敗実験として、あくまで参考の報告である。

あとがき

ぶどうの種無しやビワの種無しと、核果類の種無しを同様に考えた事は植物学の知識不足によるもので、もともと核果類は単為結果によって「硬い種無し」にはできないということだろう。この実験は山梨県笛吹市御坂、保崎邦夫氏の協力によった。深く感謝する。
2010/02/25 (K. Shudo, A. Ito, and Y. Amano)


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