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乙研雑記 (ITSUU BULLETIN)

森正道 — ビタミン A とかかわる明治の医学者 —

レチノイド、すなわちビタミン A の活性体の研究をはじめるにあたって、日本脂溶性ビタミン委員会の編集による脂溶性ビタミンの研究報告抄録集 (日本ビタミン文献集) を参考にした。この本は 1952 年の刊行であるが、ビタミン研究の黎明期についての多くの情報がある。 森正道の論文 (所謂脾疳原因ノ發見 (第一報)、附特効藥、中外醫事新報, 386, 554-558 (1896). <PDF形式>) をこの文献集から見出したと思っていたが、改めて見直してみても、このほぼ完璧な我が国のビタミン研究リストの中には見当たらない。どこでこの論文をどこから見つけたのだろうか。


各種検索エンジンで「森正道」と検索しても検索結果は多くない。しかし、この人物は近代日本の特筆すべき、あまり名の知られていない、すぐれた医学者のようである。多くの業績があるとみられるが、知る範囲の紹介を試みる。

四日市社会保険病院の敷地内に「森正道翁顕彰碑」がある <詳しくはこちら (外部ページ)>。残念ながら、銅像は戦時供出で碑のみである。碑文を書き示そう。

森正道翁顕彰碑 (森正道先生像)
今から約四百年の昔
元亀年間この地に森与右ヱ門盛景が医を業として中興して以来森家に代々名医の家系として知られていたが明治二十年に正道翁が先代玄セン (セン:にんべんに全) の養子として迎えられた
翁は万延元年十一月十七日当時の三重郡水沢村の清水家に生まれ明治十九年東京大学別科の業卒后三十五年二月診療の規模を拡充して羽津病院を設立し前後二回独逸に留学して内科並びに外科医学を研鑚し四十二年には医学博士の学位を授けられて盛名を馳せた  
大正の初期放射状菌病にかかってからは直接診療には当たらなかったが留学中夜盲症や脚気が栄養不良に起因することに気づいてビタミンの研究を進めた  
俗称小町病のため森式造膣術を創始するなど内科外科の領域にわたって患者の治療に画期的な業績をあげ病院の名声愈々高まり診療を行うものの遠く県外からも集まり門前市をなすの盛況呈するに至った
然るに不幸にして宿痾癒えず昭和七年七月五日七十二歳を以って永眠せられた
さきに昭和五年九月に門下の諸生は報恩のため等身大の青銅の寿像を病院玄関脇に建てたが二十年二月戦用資源として供せられさらに同年六月病院も時代の要請に応じて国家に譲渡されるに至ったのである  
ここに翁の遺徳を追悼する有志相募りこの碑を建てて翁の遺業を顕彰する次第である
昭和三十九年一月  森正道翁顕彰会 代表  三重県知事 田中 覚
          常盤井賢十  題書
 (注:元亀= 1570-1573 年; 万延元年= 1860 年; 明治十九年= 1886 年; 昭和七年= 1932 年)
この碑文は森正道の遺業を偲ぶものである。しかし、具体的な業績がはっきりしない。先にあげた中外醫事新報の報告 (1896 年) の詳細が論文 (Über den sog. Hikan (Xerosis conjunctivae infantum ev. Keratomalacie), Jahrbuch für Kinderheikunde, 59, 175-195 (1904).) に報告されている。
本論文によると、森正道がいかに科学的な研究をしたかがよくわかる。小児の眼球乾燥症、角化症、多くは夜盲症にも罹っているようであるが、患児の治療に一匙の肝油によって、たちどころに (頓ニ) 回復すると、多数 (1500) の症例をもって報告している。ここでは、肝油の中の成分が有効であり、オリーブ油は無効である。
この論文はドイツ語であるが、十分読み応えがある (是非お読みいただきたい) ので、翻訳文 (国際情報医療情報センター翻訳; PDF形式) を添付する。いくつかの症例を例示する。
このいきさつは G. Volf により論文 (M. Mori's Definitive Recognition of Vitamin A Deficiency and Its Cure in Children, Nutriton, 14(5), 481-484 (1998).) に語られている。ビタミン A の発見者といわれる E. V. McCollum も森正道の業績を引用している (The Necessity of Certain Lipins in the Diet during Growth, J. Biol. Chem., 15(1), 167-175 (1913).)。

ここで、脾疳という疾患であるが、症状は、下痢、腹部膨張があり、夜盲症を併発していることが多く、ビタミン A 欠に基づく病気であることがわかる。
現在の日本では見られない、アフリカやその他最貧国の欠食小児を思わせるものである。

たまたま手に入れた小冊子がある。"森正道 纂譯 「小児病診断法 完」 明治 21 年 5 月発兌" という 82 ページの本である。これは日本ではじめての小児科の書物であろう。因みに、著作者として、三重県平民 森正道 東京麹町飯田町四丁目二十番地 河井正令方寄留とあり、当時住んでいたところがわかる。
大賣捌所として、丸善、南江堂などの名が挙がっているから、多くの人が参考にしたのだろう。他にも小児科に関連した論文 (Über Meningitis Tuberculosa der Kinder., Freiburg: H. Epstein (1891).) があるようであるが、詳細は不明である。

2009/12/04 (K. Shudo)


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